お盆休みを利用して、帰省された方も沢山いらっしゃると思います。私は、この期間だけでも先祖に感謝申し上げ、今の自分が存在するのも、先祖や両親のお陰と思って頂きたいのです。もし、自分の人生を悔いる人が居れば尚の事、先祖を敬って欲しいと思います。それは、先祖に沢山の恩恵と見えないパワーを頂くからです。私も和順庵にて、先祖の御霊を供養致しました。こんな私が生きていけるのも、歴代先祖の恩恵が有ったからこそと、感じる事があります。ある時、息子の様子がおかしいと、相談を受けました。下半身を中心に痛みが走り、部活や日常生活迄影響がで始めたというのです。両親に促され、道場に来ましたが本人は神仏の存在を信じる事なく、ただ私に従いながら加持祈祷を受けました。霊的な影響を受けていると思いましたが、神仏に帰依し救って頂きたいとの思いがない限り救えない事は分かりきっているので、この子は救えないと思いました。普段から信仰心がなくとも、今この時だけでも、救って頂きたいとの想いがない限り、救えないのです。本当に救われたい人は、和順庵に何度も連絡し、ご来庵されます。その事で私も、その方の親族になり代わり、加持祈祷や護摩供養を行じるのです。また、「私は、神仏にお供えし、朝晩お勤めをしているのに、どうしてこんな不幸な事が続くのか、、」とのご相談を受ける事がございますが、不幸というより不注意と言うべき点も多々あります。また、その様に形だけの信仰心も良くないと言えます。人間界で起こる事は、運勢でなっている訳では有りません。貴方自身の言動に問題が有ります。不幸と思うのであれば、何故そうなったのか立ち止まって考えるべきです。仏様に縁のある人は、必ず救われます。大きな怪我や病気になったとしても、私にしか耐えられない試練と思わなければなりません。試練の先には、必ず幸福が待っています。それが、先祖の恩恵です。私の人生にも苦しい事が沢山有りました。今は幸せの方が多い様な気がします。「今日も生かして頂き有難うございます。その事で周りの人の役に立つ事が出来ます。」私は、常々この様な事を心に念じ、今日も生きています。
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