親の愛情②

年末年始、私は和順庵で、護摩供養を行じていました。それは、皆様の祈念も有りましたが、自らを浄める為でもありました。私にとって、昨年の2025年は四柱推命でいう傷官と空亡の重なる悪運の年でした。この運勢は、人によっては出方が違うのですが、私の場合は、「生命の危機」を予想するものとなりました。それは、腹部大動脈となって、表れました。大動脈に三箇所の大きなコブ(最大6cm)が出来ており、手術でしか治癒出来ないと言われました。この場合は、印綬を持って傷官を制する事が必要です。私は、印綬の持つ意味を理解し、只々、、仏様・先祖様を護摩供養によって、祈念供養する事に専念致しました。一時は、主治医から覚悟をする様に言われた事も有りましたが、修行の甲斐有ってか、手術が成功し、その後も後遺症もなく、経過も良好です。主治医も「白井さん、よく頑張りましたね。私も貴重な手術になりました。」と言われた時は、不動明王が奇跡を起こして下さったと、改めて思い知らされました。2026年は、私にとっては苦労が報われる年になっています。昨年末辺りから、色々と計画していた事が実現し、スタート致しました。今年は、更なる飛躍の年にする意味でも、自らの身を浄める必要が有ったのです。私は、護摩供養の後、令和8年1月3日〜4日にかけて、伊勢神宮(二見興玉神社〜外宮〜内宮)へ初詣に行きました。おかげで、昨年迄の悪い憑き物が全部吹っ飛んだ気が致しました。今年は皆様の為にも、より良い鑑定が出来ます様、これからも精進して参りますので、今後共、和順庵、癒しの里和じゅんを宜しくお願い申し上げます。

ブログのつづき  その頃、私は高校2年の夏を迎えていました。柔道の練習から帰ってきた私は、家の異変に気付きました。「あれっ、お母ちゃんは?」と、父に尋ねると「知らん、、。」「知らん?おばあちゃんとこ、違うんか?」と言って、電話を入れてみると、そこには涙声で話す母が居ました。「利和かぁ、、。お母ちゃんなぁ、、家出るしゴメンやでぇ、、。お父ちゃん、言うても何もしてくれへん。お母ちゃん、もう疲れたわ。」と言って電話が切れました。私は父に「お父ちゃん、お母ちゃん迎えに行かへんのか、、。」と言うと、「アイツが決めた事や、しゃあーないやんけ、、。」と言った時、私は無性に腹が立ち、思わず父を払い腰で投げ飛ばしていました。ビックリした父は、「分かった、分かった、、。」と言って、腰を抑えながら母に電話を掛けました。それ以来、父は私に対して、目を合わすのも恐れ、敬語で喋る様になりました。可哀想な事をしたと思いましたが、その甲斐あってか、、父は、家の事を率先してする様になり、グレた弟とも向き合い、対応する様になったのです。母の話では、父は両親・祖父母から大切に育てられ、怒られた事が無かった様です。恐らく、父は初めて恐怖を感じたのだと思います。因みにですが、その翌年、私は滋賀県高校柔道重量級で優勝しました。そういえば、出来の悪い次男が私を避ける様になったのも、私が柔道を始めたせいかもしれません。その後、父とは少しづつ和解し、普通に接していましたが、どことなく、気を遣っている様に見えました。そんな父でしたが、75歳の時、心不全で亡くなりました。私だけが臨終に立ち会いながら父の手を握っていました。すると、主治医の先生が部屋に入って来られると同時に、父は、私の手を強く握りしめたのです。それが、父との最後になりました。あの時の手の感触は今も忘れる事が出来ません。父が私に「後の事頼むでぇ、、。」と、言われた様な気がしました。親の愛情が希薄な人で有っても、そんな自分を変えたいと思う気持ちが有れば、父の様に新たな自分として生まれ変わる事が出来ると思います。父も私達の為に変わってくれた様に、Wさんも、そうなって下さる事を願うのでした。

二見ヶ浦
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