春爛漫ですね。どこも沢山の人出で賑わっていて、自然と車の渋滞が生じています。私の住んでいる、門前町坂本界隈も、普段はパラパラ程度の観光客ですが、この季節は、沢山の人が桜見物でごった返します。と、同時に、、私の花粉症もピークを迎えています。
さて、ブログの続きですが、、練習後、監督から部屋に来る様、呼び出され「白井君、彼等が辞めていったのは、試合に出れないとか、引退が理由では無いよ。ココでやりたい仕事が無いからだ。心配しなくて良いよ。君は他の社員と違い、特別な存在だ。君も聞いていると思うが、この会社のロサンゼルス支社で人材交流の一環で、柔道場を創設する話が来ている。そこで、君に監督をして貰う事になっているから安心しなさい。」と言われました。私は、柔道の名門天理大学から初めて、この実業団に入部した第一号でした。ですから、私を起点に優秀な後輩を勧誘する思惑が有った様に思います。この企業は、柔道を通じて、業界のトップを目指していたのです。立派な柔道場やトレーニング施設、食事も充実しており、柔道選手勧誘にチカラを入れていました。その後、柔道名門校から数人入部が有りました。当然、天理大学からも二人、有望選手が入ってきました。それと同時に、彼らと入れ替わる様に、先輩の柔道部員が辞めて行きました。就職して3年を迎えた頃、私は膝の靭帯に怪我を負いました。その辺りから、私の柔道熱は次第に冷めて行きました。有る時、監督からの呼び出しがありました。「最近の君は、覇気を感じられない。一体、どうしたんだ。膝が悪いのか?」「いえ、そうでは有りません。私には、柔道に対する情熱が冷めました。ですから、柔道部を退部します。同時に、会社を退職します。」「何を言うんだ。君は、柔道部にとって大切な人材だ。柔道を引退したとしても、指導者として残って欲しい。前にも話した様に、社長は君をロスで柔道場の監督をして貰うと言っている。だから、来週ロスから社長の息子が帰って来るから、会って貰いたいんだ。」と、勧められるまま、後日、監督に連れられ、大阪に有る高級料亭に招かれました。監督が「白井君、中々こんな機会はないぞ、、。今日は、社長と長男のロス支店長と部下達が来るから、君の思っている事を伝えたら良いから、、。」と言われ、この時迄はロス行きには、気持ちが半々でした。すると、社長親子と部下の3名が入ってきました。社長が「君にはロス道場で、現地の人達に柔道指導をして欲しい。将来、アメリカ代表でオリンピック選手が出れば良いんだが、、。」すると、すかさず長男が握手を求めながら、「ロス支店長の〇〇です。白井さんには、期待しています。他の3名は、私のスタッフ達です。彼女には、白井さんの通訳を担当して貰うので、安心して下さい。」と、私の渡米の話がドンドン進んでいったのです。予定では、3ヶ月後に、ロス支店の会社を見学する事で決まりました。支店長が「社長、免許取得出来ました。」すると、監督が「支店長、セスナですか?」「そうです。白井さんが来たら、是非ロスの上空をご紹介したいと思います。」と言われると、社長が「決まりだな、白井君。支店長宜しく頼むよ。後は、若い者どうし、大いに盛り上がってくれ、、。監督、ワシらは別の所で、飲み直そう、、。」と言って、社長は監督と出て行かれました。残された私達は、夜遅く迄で親交を深めました。楽しい夜を過ごした私は、ロスに行く事をほぼ決意していました、、。と、、この出来事が起こる迄は、、。 つづく。




