さて、ブログの続きですが、皆さんは、昭和天皇が逝去されたとき、「崩御」という言葉を聞いた事ないですか。天皇・皇后・国王等が亡くなれば、最高度の敬語として崩御が使われます。ですから、逝去ではなく崩御が正しいのです。実は、私が入社して2年、1989年1月7日に昭和天皇は崩御されました。実は、この時の映像が未だに頭の何処かに残っていたのか、2年後の有る時から、その時の風景が夢に出てくる事がありました。有る時とは、私がロサンゼルス支店に柔道師範として行く事が決まった辺りからです。社長や支店長、ロサンゼルスの幹部達と意気投合した私は、新たな地に赴く事に、夢踊らせていました。そんな時、この昭和天皇の崩御の映像が度々夢で見る様になったのです。但し、映像と違うのは、神官が棺を担ぐのではなく、白装束の格好をした沢山の男性が担いでいる姿でした。その事を、柔道部員に話すと、「先輩、ロス行きで舞い上がっているから、そんな夢見るんですよ。良かったじゃないですか、、。」と、言われたのですが、ロス行きの2週間前を切った頃、母親から電話が有りました。「利和、元気にしてるかぁ、、。来週、お爺ちゃんの法事があるけど、帰って来れるか、、。」「了解、帰るは、、。ロス行きの荷物もまとめたいし、、。」と、言って、法事に参加する事にしました。その日は、雨が降っていましたが、久しぶりの親族の集まりに、ところどころで笑い声が起こっておりました。すると、50代位の女性が私のところに近寄って来て、「アンタなぁ、、今から何をするの、、。やめ時やぁ、、。悪い事は言わへん、、辞めとき、、。」「ハ〜アッ、、アノ、どちらさんですか、、。」と、聞き返しましたが、その女性は何も言わず、席を立たれました。近くにいた母親に「お母ちゃん、ココに居た髪の長いおばちゃん知らんか、、?」「そんな人、知らんで、、。女の人は、ここに居るだけやでぇ、、。」と、周りを見渡すと、その女性の姿は有りませんでした。その日の夜、私は不思議な夢を再び見ることになりました。例の崩御の夢でした。よく見ると、男性ばかりの中に、一人だけ女性の姿がありました。昼間みた髪の毛の長い女性でした。すると、その前で担いでいる男性を見た時、驚いて夢から覚めたのです。その男性は、私の亡くなった祖父でした。この日以来、嫌な予感が日に日に増して行きました。この時の私は、霊的なモノを信用しなかったのですが、流石に何かが起こりそうで心配になってきました。すると、父が事故に遭い、足を骨折し入院する事になりました。ロス行き10週間前でした。私は実家に帰り、この一連の話しを母親にすると「ナンボ良い話しでも、一旦考え直したらどうやぁ、、。お父ちゃんも当分、仕事休まなアカンし、お前が居てくれたら心強いわぁ、、。」と、母親の言葉に翌日、監督にロス行き延期の連絡を入れました。監督は、今回は仕方が無いとしても、ロス行きは決定事項だからと、念をおされました。それから1ヶ月が過ぎた頃、いつもの様に朝会社に行くと、皆が慌ただしくテレビの前で釘付けになっていました。ロサンゼルス郊外の住宅ビルにセスナ機が衝突、、。乗組員全員死亡、、。と同時に、死亡した人の顔写真が出ると、社内が大きくどよめきました。その写真は、支店長並びに幹部達でした。中には泣いている社員もいました。正直、唖然としました。この時、足下から震えが来たのを覚えています。連日の不思議な出来事は、この事だったのか、、。もし、ロスに行っていたら、私も彼等と一緒に写真に映っていたかもしれません。その後、社長に部屋に来る様に言われ「すまないが、ロス行きは無しになった。いずれ、店も閉めるつもりだ、、。本当にすまない。」と、言われた事によって、私の心の中で、ホッとした気持ちと、「お爺ちゃん、有難う、、。僕は両親を大切に見守って行くは、、。有難う。」と、誓いました。「社長、お茶が入りました。」「有難う、、。白井君座って、、。」と、促される様にソファーに座りました。何気に、お茶を入れて下さった女性の後姿を見ると、アノ謎の女性に思えました。「アノ、、貴女は、、。」と、声をかけると、女性はコチラに振り向きましたが、全くの別人でした。でも、その女性の遠慮がちな笑顔を見たとき、背筋がゾッとしたのです。やはり、私はこの会社に縁が無いのだ。私は改めて、この会社を退職する事を決意致しました。




