護摩供養は、前作法と護摩焚きの要領で進めて行きますが、和順庵では前作法を省き、護摩供養から始めます。ですから、護摩木は最初から積み上げております。いよいよ、乳木(生木の燃えやすい材質)にロウソクの火をつけ、壇木に注ぎ入れました。壇木は、煙を発しながら、徐々に火が灯りだしました。因縁が強いせいか、道内は白い煙で覆われました。その時でした。白い布に包まれた人形が一瞬動いた様に思えました。この世との別れを悔やんでる様に思いました。護摩供養の火の粉が、布に降り注ぎ、ところどころ焦げだしました。1日目、2日目と無事終える事が出来、いよいよ、最終日を迎えました。私は、和順庵にこの人形を留め置き、供養してやろうと思いましたが、あまりにも霊気が強いので、知人のお寺に焼却の依頼を致しました。ですから、この人形とは供養後は、お別れになります。2日間、燃え盛る護摩供養の炎と火の粉によって、白い布が焼けただれ、彼女の青いレースのワンピースが、見える程になっていました。最終日、いつもの様に護摩木に火を灯すと、不思議と、天井に向かって真っずくに炎が立ちました。これで、人形と娘さんは修行の道に旅立たれたと思いました。行が終わり、人形を包んでいた布を解き、人形の顔を覆っていた札を取り去り、顔を見ると愛くるしい、本来の眼差しがありました。新しい布に包み直し、小さな念珠ブレスを添えてやり、箱に詰めました。それから、一週間が過ぎた頃、知人の寺から人形を焼却したとの連絡が入りました。その事をBさんにお伝えすると「先生、有難うございます。お陰様で、家族全員無事暮らしております。また、近くにお越し下さる事が有れば、是非お立ち寄り下さい。」「有難うございます。では、お身体にご自愛下さい、、。」と、Bさんにお伝えしました。その後、Bさんから和順庵にお供え物が毎年届く様になりました。ところが、2024年秋頃なって、いつもなら、季節の果物やお酒等が届いていたのが、一切届く事が無くなりました。2025年の1月頃、時々防犯カメラがブルブルと私の携帯に知らせが入る様々になりました。カメラには、何も映っていませんでしたが、心配になって和順庵に行きましたが、部屋を荒らされた気配はなく、、カメラの異常かと思える位に、昼の12時から14時の間に知らせがくる様になったのです。そんな事が3日続いた頃、ポストにBさんの息子さんから、Bさんがお亡くなりになったとのお手紙を頂きました。Bさんとは、不思議なご縁でしたが、私にとっても良い経験をさせて頂きました。不思議な事に、このお知らせを聞いた後、防犯カメラのブルブルは、一切無くなりました。




